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教会員のエッセイ

2013年5月 3日 (金)

会津若松市立 中学校卒業式 祝辞 / 片岡輝美

 会津若松市立第三中学校卒業式にあたりお祝いを申し上げます。179名の卒業生の皆さん、本日はご卒業、誠におめでとうございます。期待と不安を胸に若松三中へ入学したあの日から三年が過ぎました。佐藤信寛校長先生のお言葉を貸して頂くなら、子どもで入学した皆さんは、三年を経て心身ともに成長し、ひとりの大人として巣立っていこうとしています。その姿は眩しく、保護者の皆さまのお喜びもひとしおかとお祝い申し上げます。
 明日から皆さんが進学や就職を志して歩み始める社会は、様々な価値観であふれています。そのひとつに「もったいない」という考え方があります。環境問題などでよく耳にする言葉で、今では英語でも「mottainai」とそのまま表現されるほどです。
 ある方が「もったいないとは、言い換えれば、本来あるべき姿になっていないこと」とお話されました。食べ物がもったいないということは、本当はすべて食べるべきところを、残して捨ててしまうこと。衣類がもったいないということは、まだまだ着られるのに、デザインに飽きたからなどの理由で捨ててしまうということです。その方は、人の生き方にも「もったいない」と言う表現ができると言いました。
 「もったいない生き方」とはどんな生き方でしょうか? それは「その人が生きるべき生き方をしていない。その人にふさわしい生き方をしていない」ということでしょう。では「『もったいない生き方』ではない生き方」とは? それは「自分らしく生きること」と言えるかもしれません。
 「自分らしく生きる」とは人生のとても大きなテーマで、年齢を重ねたからといってすぐにわかるものでもありません。ある意味、一生をかけてもわかるかどうか、約束もできません。ですが「私は何者なのか。何を大切に、何のために生きているのか。私はどのように生き、何をすべきなのか」と自分としっかり向き合うことで、初めて自分らしい生き方に近づくことができると思うのです。
 皆さんの殆どがこれから携帯電話を持ち、誰とでもすぐ連絡が取れることでしょう。人とのつながりは大切ですし、なくては生きていけません。でも、時には携帯電話を脇において、自分と向き合ってみてください。自分のほんとうの気持ちが見えてくるかもしれません。
 また自分の強さも弱さも見えてくるでしょう。さらにあなたとつながり、あなたを支えてくれる存在にも気がつくことでしょう。目に見えないもののなかにこそ、とても大切なものが見えてくると思います。
 皆さんひとりひとりが、この世の中の喜びも悲しみもしっかりと味わい、自分と他の人の心と身体を労り大切にしながら、あなたらしい豊かな人生を歩んでいけますように心から祈っております。
 最後になりましたが、保護者の皆さまからはPTA活動に、多くのお力とご支援を頂きましたこと、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。本日はご卒業、誠におめでとうございます。
2010年3月12日
会津若松市立第三中学校 父母と教師の会 会長 片岡輝美

ガザ地区封鎖解除を求める緊急市民集会あいさつ / 片岡輝美

 みなさま、こんにちは。今日はお休みの日にこのようにお集まりくださり、心から感謝申し上げます。ありがとうございます。私は今回の集会を主催しました九条の会・会津若松・西栄町学習会の片岡輝美と申します。よろしくお願いいたします。
 ちょうど一ヶ月前の1月11日、私は今日の講師、石川雅之さんが代表を務める「パレスチナと仙台を結ぶ会」主催の仙台での緊急市民集会に参りました。実はその仙台集会を知ったのも開催日の三日前。そして「会津でも集会をしよう」と仲間に呼び掛け、準備が始めたのも仙台集会の三日後でした。なぜ私はそれほど急いだのか?それは「真実を知ったからには、見て見ぬふりはできない」と思ったからです。
 私たちはパレスチナやイスラエルは距離的にも遠く歴史的にも複雑そうでよくわからないから…と言って敬遠しがちです。ですがこれだけ世界中の情報が瞬時にキャッチできる今、「真実を知ろうとする姿勢を取るか取らないか」は私たちに委ねられています。私たち次第であり、私たちの責任とも言えるでしょう。
 その一方「情報ほど恐いもの」もないのです。私たちが毎日見聞きする情報がほんとうに真実であり公平なのか、または反対にねじ曲げられてはいないのか、何か大切なことが隠されているのではないか。実のところ私たちにはよく判断できないのです。知らず知らずのうちに「情報操作」されていることが、私は恐ろしくてたまりません。
 しかし、だからといって立ちすくんではいるわけにはいきません。今日は石川さんから「ガザの真実」をご一緒に伺いましょう。「ガザの人々の声」に耳を傾けましょう。私たちと同じ「普通の人々」がどのような思いをしているのかを想像しましょう。そして何が真実なのかと見極める感性を育てましょう。では、これから「レインボー」を上映いたします。どうぞご覧ください。

私の葬儀 / 平田周作

 教会では「健康を考えるシリーズ」と題して学習会を開催して参りました。今回は、具体的な健康に関することや病気ではなく、その先の死・葬儀について「私の葬儀」という内容で開催致しました。平田周作さんと高橋京子さんに発題者として、発表して頂きました。そのあと質疑応答を交えたのですが、参加された皆さんとても熱心でお二人の案以外にも、参加者ご自身で考えられた内容を発表される方もいて、とても充実した時間となりました。
 この内容を次に繋げるべく、各自の希望する葬式の内容を記載した「私の葬式の備え」という書類を教会に保管して頂くことにしました。そして毎年11月の召天者記念礼拝に更新したものを提出し、いつでも希望の内容がわかるようにしました。死・葬儀を考えることは、信徒として今どのように生きるかが問われることです。とても有意義な会となりましたこと、主に感謝しています。(教会執事:斎藤美樹 報)
■平田周作さんの場合……
 私の葬儀は、特別でなくて良いと思っています。とは言え、葬儀は多くの人に向けた最後の大きな「証しの場」でもあるわけで、どう人と関わり生きてきたか、生かされてきたか、そんなことを集まった方々に感じ取ってもらえるような葬儀ならいいなぁ、と思います。
 日常生活で、直ぐに神様を忘れてしまうような私ですが、それでもいつも傍らに間違いなく神様が共にいてくださった、そういう人生であったことを証し出来たならどんなに素敵だろう。そんなことを想像しています。
 先日、「シリーズ健康を考える」の中で、私は自分の葬儀の式次第を考えました。そこに私の個性があるとするならば、私の好きな聖句、好きな讃美歌、また好きなBGMを配したことだろうと思います。私の選んだ聖書箇所や讃美歌なども、私が歩んできた信仰生活の中で、どういう風に神様と関わり何を大切に歩んできたかを窺い知れるものであってほしいと願っています。
 最後に弔辞は、共に人生を歩んだ仲間から「どういう人だったか」を飾りっ気なく言ってもらいたいと思っています。
 それにしても自分の葬儀はどんな葬儀だか、一緒に参列してみたいものです。

私の葬儀 / 高橋京子

 教会では「健康を考えるシリーズ」と題して学習会を開催して参りました。今回は、具体的な健康に関することや病気ではなく、その先の死・葬儀について「私の葬儀」という内容で開催致しました。平田周作さんと高橋京子さんに発題者として、発表して頂きました。そのあと質疑応答を交えたのですが、参加された皆さんとても熱心でお二人の案以外にも、参加者ご自身で考えられた内容を発表される方もいて、とても充実した時間となりました。
 この内容を次に繋げるべく、各自の希望する葬式の内容を記載した「私の葬式の備え」という書類を教会に保管して頂くことにしました。そして毎年11月の召天者記念礼拝に更新したものを提出し、いつでも希望の内容がわかるようにしました。死・葬儀を考えることは、信徒として今どのように生きるかが問われることです。とても有意義な会となりましたこと、主に感謝しています。(教会執事:斎藤美樹 報)
■高橋京子さんの場合……
 「シリーズ健康を考える」で発題をすることになった「私の葬儀」…。自分のことでありながら、殆ど全てをひと任せにしなければいけない自分の葬儀を考えるのは、興味津々でもある。
 「すべてを決めておいたら」実際その時になって困ることも多いのではないか、だから大まかな考え方だけを示しておけばいいのでは…とも思ったのだが、考え始めると結構細かなことが気になってくるものだ、ということが分かってくる。ごてごてときらびやかにして欲しくないと言いながら「トランペットのファンファーレ」で始めて欲しい、とかソロを入れて欲しいとか…。聖書の読み方にまで注文を付けたくなる。お棺に入れてもらう花の種類まで決めたくなる。つい笑ってしまうが、これは言っておかなければ分かってもらえないだろうとも思う。
 やはり葬儀式次第までとは言わないまでも、自分の生涯や大切だと思っていたことなどを伝えておくことはとても大切。誰も知らなければ消えてしまうものだし残る人に送るメッセージになったり後の人に何かを託せるものとなるように…。それが自分の葬儀を考えておく一番の醍醐味。
 残る人に共感や生きていく力を感じてもらえる葬儀ができないだろうか。私の場合は「音楽葬」ができれば…と願っている。お花料(香典)はいらない? 入場料が必要? 考え直す時間が与えられれば、毎年考えて新しい案を出すことにする。今は、生きてるのだから。