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2013年5月 4日 (土)

優しさに満たされて

 十一月の深夜、ケータイが鳴り嫌な予感がしました。案の定、画面は登録した母の名前でしたが、電話口には一回り年上の従兄弟の声が……。初めて、肉親を失うという体験をしました。真夜中の北陸道を走りながら、いつかこの日が来ることは判っていたのですが、あまりにも突然の出来事で実感が湧かない自分が誰か別人のようでもありました。
 父は築四年後の自宅で生まれました。そして五〇年間の牧師生活の後、その生家で穏やかに過ごしていました。召される五日前には夫婦でバス旅行を楽しんだそうです。そして、二日前にはいつものように出身教会で、やはり夫婦で礼拝を捧げました。生家で召され、出身教会で葬儀が執り行われました。とても不思議なことですが生まれた自宅で召され、キリスト者として誕生した教会で葬儀が行われる……。全てが神の計画のうちにあったのだ、と意味深く受け止めています。
 穏やかな表情で横たわるその顔を眺めながら、現実を受け止めはじめました。たくさんの情景を思い出していました。妻の立場で母は、私たち子どもや孫とは別の感覚だったでしょう。けれども私たちにとっては、家族を大切にする優しさに満ちた人であったことは確かです。それは父自身の贖罪だったのかもしれません。
 「憂える人」でした。十二番目の末息子で家業を継いだにも関わらず牧師になる決意の故に勘当され、その後何十年経っても泣いて止める母親を振り払って家を出た情景を夢に見て、うなされていたそうです。その憂いは、牧師として着任したいくつもの教会で常に貧しい人びとと共にあることで、解消されるどころか増幅していったに違いないと想像しています。貧しさを強いている現実、この人びとを弱く小さく「させている」のは誰か、なぜこのようなことが……。憂いと共に怒りと呻きに満ちた八十三年をしっかりと生き抜いた、と信じています。横たわる穏やかな表情は「憂える人」の文字通り「優しさ」に満たされていました。
 彼をそのように生かしたのは、弱く小さくされた人を憂い、その人に寄り添い続ける神です。彼が信じ従ったのは、強く大きな人に抗い続ける神です。そのような神の誕生を、今年もまたご一緒に祝います。クリスマスおめでとう。
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↑2013年1月2日、滋賀の水口教会墓地での納骨式。

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