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2013年5月 3日 (金)

人間を返せ

 隣で妻が絶句した…。久しぶりの朝寝坊を決め込んでいた僕はその気配で目が覚めた。「ちょっと! 平和がこれから船に乗って海上に出るって!」。妻から渡された受話器に向かって「とにかくライフジャケットだけは着ておけ」とベッドでつぶやいた。4月29日の早朝のこと。 
 前日、辺野古(オキナワ)入りした息子の平和から電話が入ったわけだ。てっきり黄金週間には帰省するものと思っていた妻はいっとき落胆したのだが、辺野古の「座り込み闘争」に自らの意志で参加することを決めた息子のことを、友人に少し照れながら、そして少し誇らしげに語っていた。浜辺での座り込みのことはあちこちから聴いていたし、自ら情報を収集していたので彼女もイメージだけは持っていたようだ。しかし「船に乗って海上やぐらに泊まるほどとは思わなかった」。 
 4月29日は僕の勤める教会でアースデイのイベントが開催された。平和運動を繰り広げている地元の仲間たちと企画してバザー、非暴力ワークショップ、戦争ホーキ作り、そして絵本ライブラリやら、ライブやら…。僕は無農薬香料無添加の「体にいいタバコ」を吹かしながら、これまた無農薬保存料無添加の体にいいワインを「実飲販売」してへろへろになっていた。 
 ブッシュがイラク空爆を行った時、ここ会津若松でも戦争反対の行進をした。ワシントン大行進にはとても及ばないが、それでもこの町で子どもや大人100名と犬数匹が歌を歌いながら吠えながら行進するのは画期的なことだ。すれ違う全ての人が振り向いた。通りに面した店の従業員たちが飛び出してきた。 
 「歩くことで何が変わる」と冷ややかに眺めていた友人は途中からメガホンを握りしめて声を涸らした。そいつは今回の行進では先頭に立って「We Shall Overcome」をシャウトした。この行進がきっかけとなり現在にいたるまで様々な平和運動をしたたかに重ねるグループが誕生。ワインの実飲販売でふらふらになった僕も、自作の戦争ホーキを抱えて歩き吠えた。 
 行進から帰着して開催した礼拝堂ライブにはAIZU Children's Choirはじめ5つのグループが出演し盛り上げてくれた。僕もドタキャンの穴埋めで一曲だけ歌うことになり、とっさに決めたこの曲をシャウトした。(■この曲は「来訪者落書き帳」でもご常連の鳥井新平師匠によるものです。)
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  ■人間をかえせ
    父をかえせ 母をかえせ 年寄りをかえせ
    私をかえせ 私につながる 人間をかえせ
     ※人間の 人間の世のあるかぎり
      くずれぬ 平和をかえせ
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    原発とめろ 核燃いらん 
    下北の大地は 農民にかえせ
    スリーマイル チェルノブイリ
    ヒロシマ ナガサキの事実見つめろ
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    基地をなくせ 基地はいらん
    オキナワの美ら海は ウチナーにかえせ
    辺野古をかえせ ジュゴンをかえせ
    生命を奪う 戦さをとめろ
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 辺野古で舟に乗り込む息子をイメージしていた。そして、その舟に一緒に乗り込むおじいやおばあや若者たちを想って歌った。不思議なことだが、翌々日の礼拝の聖書箇所は「わたしは漁に行く」と言うペトロと「わたしたちも一緒に行こう」という仲間たちの部分(ヨハネ福音書21章)だ。歌いながら舞台で震えた……。 
 息子は黄金週間の終わりとともに東京に帰った。けれども今日も舟に乗って沖にこぎ出す仲間がいることを決して忘れないでいるだろう。辺野古での決定的な出会いを携え昨日のペンテコステ礼拝で息子は受洗した。
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■「教会と聖書」誌 第40号より転載。

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