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2013年5月 3日 (金)

私の葬儀 / 高橋京子

 教会では「健康を考えるシリーズ」と題して学習会を開催して参りました。今回は、具体的な健康に関することや病気ではなく、その先の死・葬儀について「私の葬儀」という内容で開催致しました。平田周作さんと高橋京子さんに発題者として、発表して頂きました。そのあと質疑応答を交えたのですが、参加された皆さんとても熱心でお二人の案以外にも、参加者ご自身で考えられた内容を発表される方もいて、とても充実した時間となりました。
 この内容を次に繋げるべく、各自の希望する葬式の内容を記載した「私の葬式の備え」という書類を教会に保管して頂くことにしました。そして毎年11月の召天者記念礼拝に更新したものを提出し、いつでも希望の内容がわかるようにしました。死・葬儀を考えることは、信徒として今どのように生きるかが問われることです。とても有意義な会となりましたこと、主に感謝しています。(教会執事:斎藤美樹 報)
■高橋京子さんの場合……
 「シリーズ健康を考える」で発題をすることになった「私の葬儀」…。自分のことでありながら、殆ど全てをひと任せにしなければいけない自分の葬儀を考えるのは、興味津々でもある。
 「すべてを決めておいたら」実際その時になって困ることも多いのではないか、だから大まかな考え方だけを示しておけばいいのでは…とも思ったのだが、考え始めると結構細かなことが気になってくるものだ、ということが分かってくる。ごてごてときらびやかにして欲しくないと言いながら「トランペットのファンファーレ」で始めて欲しい、とかソロを入れて欲しいとか…。聖書の読み方にまで注文を付けたくなる。お棺に入れてもらう花の種類まで決めたくなる。つい笑ってしまうが、これは言っておかなければ分かってもらえないだろうとも思う。
 やはり葬儀式次第までとは言わないまでも、自分の生涯や大切だと思っていたことなどを伝えておくことはとても大切。誰も知らなければ消えてしまうものだし残る人に送るメッセージになったり後の人に何かを託せるものとなるように…。それが自分の葬儀を考えておく一番の醍醐味。
 残る人に共感や生きていく力を感じてもらえる葬儀ができないだろうか。私の場合は「音楽葬」ができれば…と願っている。お花料(香典)はいらない? 入場料が必要? 考え直す時間が与えられれば、毎年考えて新しい案を出すことにする。今は、生きてるのだから。

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