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2013年5月

2013年5月31日 (金)

2013年5月31日 福島原発告訴団 at 日比谷野音

 午前6時過ぎ、会津若松駅前に集合した「会津放射能情報センター」および「福島原発告訴団」のメンバー。このあと郡山駅でも待ち合わせ、日比谷野音に向かっています。午後1時30分からの大集会の模様は、また後ほど。もちろん道中はSAFECASTで放射線量も計測します。行ってらっしゃい。連帯! 

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2013年5月30日 新潟で理事会

 はい、元気です。ということで、本日は新潟へ日帰り出張。ほんっっとに久しぶりのラーメンを昼食に。ええ、新潟なら、「吉相」か「万人家」ですね〜。自分へのご褒美(うん?ご褒美が多いか)で、奮発してチャーシュー麺を。どんぶりからもはみ出す絶品のチャーシューにやはり感涙です。さらに、理事会ではまたまたこの人と再会しました。元気に夕食をいただきました。理事会で配布されたオープンスクールの資料には、こんな顔も登場! あっはっは〜。

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2013年5月30日 (木)

2013年5月28日〜29日 東北教区総会

 毎年この時期に開催される東北教区総会。東北ブロックにある86教会の総会で、過年度の報告と新年度の計画が審議されます。一年の歩みを振り返りこれからの一年に祈りと働きを紡ぐ大切な会議です。もちろん、中心課題は東日本大震災と原発事故。それぞれ重要な議案が決議されました。二期四年の大切な働きを担ってくださった高橋和人議長が任期満了で退任されました。震災直後から、この課題に向き合い誠実真摯に取り組んでくださった前議長、本当にありがとうございます。励まされ助けられました。そして……新議長が誕生! 朋友小西望さんが教区総会議長となりました。ご活躍とご健康が守られるよう祈ります。総会初日夜、宣教共働研究所が二時間の協議会を担当、フクシマの地域、教会、付属事業の現状を議員の皆さんと共有する時となりました。部落解放九州キャラバンを憶えて、東北教区期待(!)の新人マイクを持って走り続けたマサタカがしっかりとアピール。「やる時はやる(ただしそれはあまり多くはない)マサタカ」よくやった。グッズは完売しました。ありがとう。宣教部委員長として二期四年働かせていただいた不肖片岡謁也…結果三選されました。今後二年、まだまだ走らせてもらいます。お祈りください。会津放射能情報センター代表として正議員の議席を持つ連れ合い、彼女とは議場で一週間ぶりの再会。神戸〜広島〜仙台と売れっ子芸人の模様。この日も仙台から東京へ。各地で良き出会いを重ねています。こちらのためにも、どうぞお祈りください。

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2013年5月27日 お馴染み丸昌ナイト

 大切な恩師のご葬儀があり、意味深い慰めの時を過ごしました。ホテルでの原稿書きも完了したので自分へのご褒美で朋友タケちゃんと合流し、しばし歓談。目指す例のモノは、やはり今夜も売り切れで、現物はいついただけるのだろうか…。二人で爆食爆飲していると……店先でうろうろする大荷物を抱えた不審で怪しい客が。うわぁ! 神戸からの客人が偶然来訪しこれまた合流。駅からこの店に直行という強者です。三バカ…いえ、三人の賢者で美味しくいただきました。よし、長生きしよう。

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2013年5月26日 (日)

2013年5月26日 米国合同教会からのゲスト来訪

 東日本大震災をずっと憶え、支えて共働してくれるアメリカの教会(UCC)の皆さん、ありがとうございます。この日、東北教区被災者支援センターエマオでもボランティアスタッフとして大活躍してくれたマツヤマさんとランディさんが「会津放射能情報センター」を訪問してくれました。フクシマの放射能汚染の実態と課題、会津放射能情報センターの諸活動などをたっぷり2時間30分熱心に聴いてくれました。センターのスタッフもお疲れさま。今回の視察研修をアメリカの教会に報告し、今後の連帯に活かしてくれます。ありがとう。連帯! 

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2013年5月26日 花の日・子どもの日

 この日は「花の日・子どもの日」礼拝を捧げました。礼拝直後には、来月誕生日を迎えるKさんの愛唱讃美歌リクエストに応えて讃美歌を歌ってプレゼント。リクエストは讃美歌21-371番「このこどもたちが」でした。毎回選曲のエピソードを披露してもらうのですが「平和憲法を大切にし、子どもも大人も平和の道具として活かされるように」と力強いメッセージでした。おめでとう。そして歌の練習後に子どもたちが礼拝堂へ。「この花のように」を教会の大人たちにプレゼントしてくれました。さらに、それぞれのお家から持ち寄ったお花をプレゼント。ありがとう! そして礼拝堂は恒例の「花の日美術展ギャラリー」に。「花」を素材にした多様なアートが飾られています。出展してくれた教会のアーティストの皆さん、力作をありがとう! 

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2013年5月25日 ベアテの贈りもの 上映会

 日本国憲法第14条「法の下の平等」と第24条「家庭生活における個人の尊厳と両性の平等」を草案したベアテ・シロタ・ゴードンさん。若松栄町教会に生前何度も来てくださいましたね。教会を拠点にする平和活動グループの「真珠の会」が映画『ベアテの贈りもの』の上映会を開催してくれました。ベアテさんの生涯と、それを継承する日本女性たちの平和活動、現代ニッポンの課題…。たくさんの問い掛けに満ちた意味深い時でした。「平和憲法」を想い護ること、改憲の企てに抗い立ち向かうことに、それぞれの祈りと働きを紡ぎましょう。

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2013年5月24日 (金)

2013年5月24日 昼下がりの「聖書を読む会」

 はい、お馴染みの「聖書を読む会」を開催しました。毎回、心のこもったスイーツの差し入れもあり、美味しい嬉しいひとときです。お姉さまたち、いつもありがとう〜。

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2013年5月23日 (木)

2013年5月23日 狭山事件の再審を求める市民集会

 1963年のこの日、無実の石川一雄さんが逮捕されました。それから50年、実に50年もの間、冤罪が晴らされず石川さんは今も「見えない手錠」をはめられたままなのです。文字の書けなかった石川さんが書いた脅迫状、強要された自白、捏造された数々の偽証拠などで犯人とでっち上げられたかけがえのない生命、非暴力で無罪を叫び続ける石川一雄さんに連帯します。午前中はキリスト者による前段集会で諸教派から連帯の挨拶。そして日本キリスト教団諸教区からも各地の活動報告と連帯の挨拶。宗教者、市民グループと諸団体が連帯しこの国に正義が実現されるよう声を挙げ続けます。シンガーの小室等さん、講談師の神田香織さんも特別出演で日比谷野音は熱気に包まれました。facebookアカウントをお持ちの方は、下記の関連URLもぜひクリックを! 連帯!
 
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2013年5月22日 (水)

2013年5月20日〜22日 新緑の軽井沢へ

 昨年に続き、今年も横浜のキリスト教主義学校修養会へ。軽井沢でみっちり三日間のお仕事を担当してきました。高校一年生とは思えない、しっかりとした言葉と豊かな感性を紡ぐ高校生たちに、大いに励まされます。この学校も東日本大震災を憶えてこの課題に向き合ってくれています。ありがとう! 「地震と津波〜被災者支援センターエマオの営み」「原発事故と放射能汚染〜会津放射能情報センターの営み」「オキナワとフクシマ」と三連発の主題講演、そしてキャンドル・サービス。美味しい食事にゆったりとした時間…いい機会を与えてくださりありがとうございます。横浜でもみんな元気に過ごせるように、しっかり生き抜くことができるように祈ります。連帯!

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2013年5月19日 (日)

2013年5月18日 『プロメテウスの罠』依光隆明講演会

 朝日新聞連載『プロメテウスの罠』はご存じでしょう。その取材班キャップである依光隆明さんの講演会を開催。若松栄町教会礼拝堂に満杯の来場者を迎え、極めて濃密な内容でした。原発事故に関わりこの取材班の連載が新聞メディアとして果たしている役割は大きいと確信します。どこに立ち、誰に寄り添うのか、何に抗うのか……来場者はもちろん会津放射能情報センターのスタッフ、メンバーも大いに励まされました。依光さんは、たっぷりの講演に続き希望者によるお茶会の質疑応答でも明確な指針を示してくださいました。昨年開催した東京新聞の野呂法夫デスクに続き、メディアの良心もまだまだ健在です。連帯! 言うまでもなく、夜の打ち上げで情報センター役員と共にさらに濃密に…。

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2013年5月18日 (土)

2013年5月17日 部落解放センター委員ご一行

 日本キリスト教団部落解放センターから運営委員長、主事、活動委員長が会津放射能情報センターをご来訪くださいました。解放センターも震災と原発事故の痛みに寄り添い続けてくれています。情報センターでの現場研修、スタッフとの懇談などで、今後の連帯のありようを協議しました。同日同時刻に開催されていた情報センターの母子健康相談と懇談会も傍聴し、「フクシマの生の声」に触れてもらう良き機会です。昼食はもちろん会津名産の桜肉料理店へ。心なしか、面長に…。連帯! 

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2013年5月17日 山崎知行医師の子ども健康相談会

 大阪教区の皆さんのお支えで展開する「子ども健康相談」も第二次派遣が始まっています。昨年は毎月派遣で計10回、今年は隔月派遣で計6回。チェルノブイリ原発事故以来、現地に何度も赴き生命に寄り添い続ける医師、山崎知行さんを大阪教区がここ会津まで送り出してくださいます。ありがとうございます。放射能汚染に関わる不安や痛みをしっかりと傾聴し、適確な助言と指導で支えてくださいます。前日の相談会、この日の懇談会など会津放射能情報センターに人が途切れる時がありません。

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2013年5月17日 (金)

YouTube に会津放射能情報センター

 ジャーナリストの越智弘二さんが会津放射能情報センターにご来訪。You Tubeに動画を掲載してくださいました。ありがとうございます。どうぞ、ご覧ください。あなたのたった「11分19秒」を、ください。下記をクリック! 

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2013年5月16日 (木)

2013年5月14日 ヒロシマから母宅へ

 帰路は、黄金週間明けから体調を崩した母宅へ寄り道。弟夫妻も合流して畑仕事、草刈りなどで汗をかいてきたよ。元気になったようで安心しました。母が出席している教会のT牧師が「母の日」にカーネーション持参でお見舞いに来てくださったと、感謝感激しておりました。Tセンセありがとうございます。夕食後には母のMacで会津若松ともSkypeで交信。うむ、便利な世の中になりました。そしてMacを使い倒す80歳の母で感謝です。どうぞ、独身生活を楽しんでください。良き旅でした。

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2013年5月14日 平和記念公園へ

 やはりここまで来たのだから…と、翌朝は広島平和記念公園まで行ってまいりました。約20年ぶりかな。気持ちのいい青空、2時間の駆け足でしたが、ヒロシマとフクシマを想いながらの意味深い時となりました。歩き、考え、想い…で、やはりここまで来た…と、もちろんヒロシマの牡蠣も美味しくいただきました。感謝。

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2013年5月15日 (水)

2013年5月13日 西中国教区総会 in ヒロシマ

 日曜の礼拝後、福島空港へ。またまた伊丹に降り立ちました。結局夜は新大阪で海の幸…。で、翌日の月曜から新幹線でヒロシマへ。四国教区に続き、西中国教区総会で東北教区からのご挨拶を担当してきました。西中国教区の皆さんも震災、原発事故初動からお支えくださっています。特に「核と基地」の文脈から沖縄教区の皆さんと共に、会津放射能情報センターに最も早い支援を寄せてくださっています。ありがとうございます。5月末にはセンター代表が伺います。どうぞその時も、美味しいものを食べさせてやってくださいね〜。うぷぷ。西中国教区も、メンバー濃ゆいな…。連帯!

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2013年5月12日 (日)

会津放射能情報センター facebook

 センター役員のヤマグチさんが作ってくれました。「会津放射能情報センター」のfacebookページです。アカウントをお持ちの方は、ぜひご来訪ください。そして「いいね!」クリックをよろしく。クリックしてくださると、今後の投稿が知らされます。どうぞよろしく〜。

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2013年5月10日 (金)

2013年5月10日 センターのヨガ教室

 毎月第二・第四金曜日の午前10時から、会津放射能情報センターで「ヨガ教室」を開催しています。心も身体も解放する素敵な癒しのひととき…。予約不要、誰でも参加可能です。お母さんたちが受講している間、お子さまたちもセンターで楽しんでおります…あはは。ヨガ講師のナタリーさんのご厚意で、受講料は「福島県内の自主避難者の権利を求める会」の営みのために全額カンパされます。初動から、会津放射能情報センターの活動に寄り添い支えてくださるナタリーさん、そして生徒の皆さんありがとう!

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2013年5月9日 朝も夜も 憲法学習会

 私は仙台出張で不在だったのだけれど、この日は朝から「けんぽう学習会」夜に「九条の会 西栄町学習会」と、憲法三昧ですねん…。朝のけんぽう学習会は子育て中のお母さんたちが中心、そして夜は幅広い世代が集結。講師は毎度お馴染みのワタナベノリオさんです。朝も夜もありがとう。ずっと継続して学び続けること、実はこれがとても大切。そこらの「改憲推進派の政治家たち」よりも理論武装してますね。ええ、武装はしますがもちろん非暴力で…。声を挙げ続けよう。憲法を護れ! 

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2013年5月 8日 (水)

2013年5月7日 セクシュアル・ハラスメント学習会

 黄金週間にしばしの休息で帰省した四男が帰寮するので、会津若松から磐越自動車道を抜けて新潟へ。ラッシュにもあわず快適なドライブやね。最後のフェスティバルもしっかり楽しんでや。で、翌日開催される学習会のため一本道の山道を通り山形市内へ。二年前の震災時、全国から新潟教会に集められた支援物資を新潟の牧師たちがこの道を通って仙台に運んでくれたのを思い出します…。ありがとう。3月の宮城、4月の福島に続き、山形本町教会でセクシュアル・ハラスメント学習会を開催。素敵な礼拝堂で、この課題に向き合う真剣な学習会…。今回は少人数でしたが、良き時でした。


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2013年5月 5日 (日)

2013年5月4日〜5日 喰いだおれの黄金週間

 我が家の四男も帰省した黄金週間、それぞれのリクエストに応えて喰いだおれツアーを敢行! って、ごっつ安いところばっかしですけど…。お馴染みの韓国料理店、讃岐人も太鼓判のうどん店、飲み放題のホルモン焼き店などで舌鼓を打ちました。合間におかん宅に集合した妹たち家族やおかんともSkypeで近況報告、各地の家族も元気です。ここのところ、みんな激忙だったので、自分へのご褒美やね。お疲れさんです、腹ぱんぱんです。5月5日に次男は25歳の誕生日を迎えました。各地からの祝メールありがとう。さあ、まだまだしっかり生きていこう。連帯!

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2013年5月5日 五男くんの幼児祝福式

 子どもの日のこの日、礼拝のなかで2月に誕生した五男エイブラハムくんの幼児祝福式を行いました。お父さんお母さんそして四人のお兄ちゃんたち、心からおめでとう。神さまに守られて、これからも元気に成長できますように。聖餐式もあった礼拝後、サプライズのランチ・パーティーも、そのご家族にとても喜んでいただけました。おめでとう! ああ…。連れ合いが授乳してる画像がありますが、我が家の五人目の息子ではありませんから…。念のため…。

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2013年5月 4日 (土)

2013年5月3日 やめっせ原発! 無言のアピール

 毎週金曜日に街頭に立ち続ける人びと…。首相官邸前のデモに連帯し、ここ会津若松でも毎週続けています。太鼓ジャンベのリズムやシュプレヒコールに満ちた4月27日の市内デモとは異なり、こちらは路上に「静かに立ち続ける」無言のアピール…。道行く人びとの心に訴えます。そして、共に祈り共に行動します。新潟から黄金週間に帰省した四男も会津若松駅から合流。よしっ!

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2013年5月3日 憲法を護れ! 九条の会街頭活動

 日本の、そして世界の宝である憲法を決して「改悪」させてはなりません。九条の会会津若松の仲間が午後2時から市内でビラ撒きと署名活動を展開しました。「9条」はもちろんですが「96条」をも死守しなくては! 署名に応じてくれた皆さん、ありがとうございます。連帯! 

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優しさに満たされて

 十一月の深夜、ケータイが鳴り嫌な予感がしました。案の定、画面は登録した母の名前でしたが、電話口には一回り年上の従兄弟の声が……。初めて、肉親を失うという体験をしました。真夜中の北陸道を走りながら、いつかこの日が来ることは判っていたのですが、あまりにも突然の出来事で実感が湧かない自分が誰か別人のようでもありました。
 父は築四年後の自宅で生まれました。そして五〇年間の牧師生活の後、その生家で穏やかに過ごしていました。召される五日前には夫婦でバス旅行を楽しんだそうです。そして、二日前にはいつものように出身教会で、やはり夫婦で礼拝を捧げました。生家で召され、出身教会で葬儀が執り行われました。とても不思議なことですが生まれた自宅で召され、キリスト者として誕生した教会で葬儀が行われる……。全てが神の計画のうちにあったのだ、と意味深く受け止めています。
 穏やかな表情で横たわるその顔を眺めながら、現実を受け止めはじめました。たくさんの情景を思い出していました。妻の立場で母は、私たち子どもや孫とは別の感覚だったでしょう。けれども私たちにとっては、家族を大切にする優しさに満ちた人であったことは確かです。それは父自身の贖罪だったのかもしれません。
 「憂える人」でした。十二番目の末息子で家業を継いだにも関わらず牧師になる決意の故に勘当され、その後何十年経っても泣いて止める母親を振り払って家を出た情景を夢に見て、うなされていたそうです。その憂いは、牧師として着任したいくつもの教会で常に貧しい人びとと共にあることで、解消されるどころか増幅していったに違いないと想像しています。貧しさを強いている現実、この人びとを弱く小さく「させている」のは誰か、なぜこのようなことが……。憂いと共に怒りと呻きに満ちた八十三年をしっかりと生き抜いた、と信じています。横たわる穏やかな表情は「憂える人」の文字通り「優しさ」に満たされていました。
 彼をそのように生かしたのは、弱く小さくされた人を憂い、その人に寄り添い続ける神です。彼が信じ従ったのは、強く大きな人に抗い続ける神です。そのような神の誕生を、今年もまたご一緒に祝います。クリスマスおめでとう。
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↑2013年1月2日、滋賀の水口教会墓地での納骨式。

イエスの死と復活

 日曜の礼拝には牧師カラーのシャツを着ているので、ここ二〇年ネクタイとは無縁です。お洒落な友人牧師の幾人かは、日曜は牧師シャツだけれど週日はネクタイを着用、ということもありなのですが、とにかく二〇年間私には無縁でした。ところが……。二月に本当に久しぶりにネクタイを着用。というのも台湾に行った友人が、かの地のお土産としてプレゼントしてくれたものですから。
 別の友人は「これはパーティーグッズか」「これを着用しろとは、もはや嫌がらせかイジメでは」と言うほど濃厚なデザインなのです。黒字に白色や金色のプリント、十字架からロープで降ろされるイエス、天上には雲の合間から三人の天使たち。プレゼントされた時、私はいつものように黒シャツ、黒パンツ、黒ジャケットでした。着用してみると、色合いは確かに統一感がありますが、とても外出できない装いです。「知らない人だったら絶対目を逸らす」というコメントももらいました。「知ってる人でも知らないフリ」間違いなしのデザインです。
 聞くと、台湾のキリスト教用品店で購入とのこと、牧師であることを告げると全品二割引きなのだとか。だからといって……。確かに受難節、この季節にぴったりのデザインなのですが、外出するには相当の覚悟が必要です。外出どころか礼拝に着用するのも躊躇われますので、いつ皆さんにご披露できるでしょう。
 東日本大震災から一年になります。受難節に入って三日目のことでした。もう一年か、という思いと、まだ一年という思いが交錯します。遠い昔のことのようであり、今もなお直面する大きな課題の数々に震える思いがします。イエスの苦しみを思いながら、私たちが抱える課題の重さを思う時、途方に暮れるほかない、という言葉に幾度も遭遇します。まだまだ遠い道のり、この厳しい「時」のただ中にあって祈りを紡ぎ合わせながら過ごしたいと願っています。
 いと弱く小さくされた人びとと出会い続けたイエス。十字架の上で殺されてしまったイエス。人びとに希望を示し続けたイエス。そして確かに私たちの希望の礎となってくれたイエスが、今この時も私たちと共に生きてくれています。イースターおめでとう。
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2013年5月 3日 (金)

2013年4月28日 四国と甲賀へ

 日曜礼拝後の4月教会総会も無事終了、大急ぎで福島空港へ。まずは福島から伊丹に飛んで、乗り継ぎで松山に到着。地ビールと創作料理でとにかく乾杯。29日〜30日は今治市で四国教区総会が開催されました。震災初動から寄り添いお支えくださる四国の皆さん、ありがとうございます。そこで東北教区からのご挨拶を担当…ええ、もちろん「公務」です公務! 普段は敬遠している太平洋のものとは違い、瀬戸内の嬉しい海の幸に大感動。たっぷりいただきました。帰路は松山から伊丹に飛び京都を経て甲賀入り。寒暖落差で風邪気味のおかんも翌朝は元気に回復し「半裸の三男」と朝からSkypeしとります。よし、しっかり生きよう。

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2013年4月27日 やめっせ原発 in 会津

 はい、本日開催しました。朝から大雨の会津若松…。心配しましたが元気に開催! 七日町市民広場で各界からのアピールと連帯の挨拶。そして市内を平和行進。お馴染みの韓国料理店からも笑顔でエール、観光バスから、乗用車から手を振り激励してくれる皆さん、ありがとう。よおっしゃあ! 連帯!
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2013年4月24日 センターでほっくら

 会津放射能情報センターでオキナワのハジメさんからのプレゼント、嬉しく美味しくいただいています。パパイヤ、パイナップル、パッションフルーツなど一足早い夏の味。ありがとう〜。

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2013年4月20日 甲東教会ゲストとイタリアン

 土曜の夜、予定していたお食事処が満席…。ということで、急遽シェフにお世話になりました。おおきにありがとう。ボーノ! で、日曜朝の会津若松は雪!

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2013年4月19日 甲東教会からゲスト来訪

 会津放射能情報センター設立の初動から、憶えお支えくださる甲東教会(兵庫教区)の皆さんがご来訪。恒例の「しゃべり場」にも参加してくださり、食品放射線量測定の見学も。もちろん夕食はお馴染みのお店に。本日は放射能汚染の現場研修へ。ありがとうございます。行ってらっしゃい。
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おらほの牧師は…

■片岡謁也(かたおかえつや)
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 1960年生まれ。大阪、岡山、香川、東京を経て会津若松には1985年から在住。「Macを使い楽しく牧会」をモットーに日夜精進中。妻と大学生・社会人三人で合計四人の息子あり。株価暴落よりも自家のエンゲル係数高騰に傷心の五〇オトコ。趣味は掃除洗濯整理整頓。このサイトの製作者でもある。
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 メールアドレス ekataoka@nifty.com
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■朝日新聞「ひと」2008年8月27日掲載。
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2013年3月31日 イースター(復活祭)礼拝とパーティー

 クリスマスに並ぶ教会のお祭りイースターです。嬉しく美味しく祝いました。毎年この礼拝で子どもたちの祝福も。新学期みんな元気に過ごせますように。生まれたばかりの5番目の息子くんもおめでとう。礼拝後は、もちろんポットラック(持ち寄り)パーティーです。美味しいね。シェフの皆さんありがとう。そして恒例のスピーチ、演芸大会、タマゴ探し。さあ、復活だ〜。イースターおめでとう

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全国の教会 検索ページ

http://www.eonet.ne.jp/~church/kyoukailink.html

↑上記URLをクリックすると日本全国の教会検索ができます。ほぼ毎月、新たなサイトが掲載されます。大阪昭和教会牧師だった福万広信さんが作成。日本基督教団に属する教会のサイト一覧です。あちこち捜した結果、ここが一番充実し情報も新鮮。福万さん、献身的なお働き本当にありがとうございます。
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礼拝 集会 グループあれこれ

■主日礼拝  日曜午前10時30分
 教会の生命はなんと言っても礼拝。イエスキリストの復活を記念して毎週日曜日に行います。約60分。イースター、ペンテコステ、平和聖日、創立記念、収穫感謝祭、クリスマスの年6回は子どもと若者とおとなとで合同礼拝。毎月第1日曜は聖餐式あり。
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■教会学校  日曜午前10時
 乳児、幼児、小学生の教会。一年中楽しい行事でバリバリ全開だ! 礼拝後も教会で遊びみんなで毎週一緒に食事。会津子どもクワイア入会希望者もまずは礼拝から。
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■教会婦人会  奇数月第3日曜日礼拝後
 読書会を中心に教会内外の活動にも積極的に参加。東北教区、会津地区の中でもなくてはならない存在となっている。
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■ナオミ会  毎月1回
 子育ての終わった女性たち中心のグループ。主に60代から80代までの女性が旧約聖書の学びを続けている。持ち寄りのお茶菓子での歓談も楽しみ。お花見会、暑気払い、温泉ツアーなど随時開催。
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■バルナバ会  随時
 男性のグループ。職場でも多忙な世代でなかなか開催が困難ではあるが、それでもみんな教会のことは忘れていないぞ!
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■聖歌隊  毎月第4日曜日礼拝後
 合同礼拝や教会暦のお祭りでは素晴らしいハーモニーを捧げてくれる聖歌隊。もちろん誰でも参加できます。歌うことが好きな方、歌で神さまを讃美しよう。
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■聖書を読む会
 キリスト教とは何? 聖書が伝えようとしていることとは? 教会はどんな歴史を歩んできたのか? 素朴な疑問に応える「はじめの一歩」。キリスト教入門講座です。とにかく一緒に聖書を読もう。
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■定例練習会場
 会津マスクワイア(毎週月曜夜)、会津子どもクワイア(隔週日曜朝)、会津ジュビリークワイア(隔週水曜昼)の定例練習会場として礼拝堂は用いられています。それぞれの日、礼拝堂は黒人教会のノリやね。
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■各種団体事務局
 九条の会会津若松、九条の会西栄町、会津ホスピスケア研究会、平和朗読劇アグリダックス、平和運動真珠の会、会津ワイズメンズクラブなど、それぞれの事務局も当教会に設置。
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■特集:教会に出没する人々・出入りするグループ
 「教会ってナニ? どんなところ?」。そりゃ、もちろん礼拝するところです。でもそれだけじゃないんですよね。特に若松栄町教会はね…。と、いうことで今回は教会を拠点にして活動しているいろんなグループを紹介します。日曜礼拝はとても大切。そして、ここに登場する沢山の活動も神さまが祝福してくれている、と信じています。それぞれのグループの意味深い働きが、これからも豊かに拡げられ深められますように! さぁ、いってみよう。
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■映画「日本の青空」を上映する会津の会
 俗に言われる「アメリカの押しつけ」ではなく、平和を心から願う「日本人たち」により日本国憲法が誕生した、という事実を描き出すこの映画。9月から11月にわたって会津地方の6会場で17回上映した。その事務局、実行委員会、事前学習会の会場が当教会となり、観客総動員数は3500名を越えた。これには映画監督もびっくり。教会が平和憲法を守ろうとする人々の出会いと連帯の場となっている。
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■アグリーダックス
 独特なフィールド「朗読劇」のグループ。毎週教会台所での練習を重ね地元会津の高校や小学校、高齢者の団体などを訪問して、目に見えない「ことばの世界」の楽しさを伝えている。朗読をより豊かに演出する音楽や映像も好評を得ている。それらには教会のメンバー多数が支援。今後、郡山や白河からも上演の依頼が続く。
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■シアターF(エフ)
 意欲的な活動を続ける演劇集団。毎夏、朗読劇『この子たちの夏1945〜ヒロシマ・ナガサキ』を礼拝堂で上演。もちろん練習会場としても礼拝堂を使用。決してあの夏を風化させない…。演劇を通して平和を伝えたいと願っている。
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■九条の会・会津若松 西栄町学習会
 毎月一回の定例学習会には20代から70代の10数名が集まり、日本国憲法制定から国民保護法まで熱く楽しく真剣に学び語り合っている。まさに目から鱗が落ちる体験。ピースウォークなどの平和活動もこの会から生まれている。
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■真珠の会
 2005年、青年劇場がジェームズ三木作・演出の『真珠の首飾り』を会津で上演。その実行委員たちが上演終了後、このような平和活動を会津でこれからも継続しよう、と「真珠の会」を結成した。教科書問題やオキナワなどに強いられている課題を継続的に学習中。今年は講演会『ハンナのかばん』を開催した。来年はアメリカ海兵隊従軍カメラマン、ジョー・オダネル氏を憶え『追悼平和写真展』を計画している。
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■会津ワイズメンズクラブ
 全世界に仲間のいるキリスト教精神に基づく国際奉仕クラブが、このワイズメンズクラブ。毎月一回の定例会は教会集会室を会場にして開催。会津では、少年の主張大会、ユネスコ幼児画展のサポート、地域での奉仕活動や災害地支援、障碍(しょうがい)があっても楽しめるユニークダンスなどの活動を展開中。
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■会津子どもクワイア
 「歌う」ということは、音楽の最も基本的・原始的な表現方法。しっかり大地に立ち、思いっきり歌うことで私たちは心も身体も解放され、元気になっていく。「あなたがたはすべて光の子」をモットーに隔週日曜に練習を重ねる子どものゴスペルクワイア。地元の学校でのライブや病院訪問、教会の特別礼拝での献歌などで引っ張りだこ。
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■会津ジュビリークワイア
 2006年4月に結成された「平日の昼下がり」にゴスペルを歌うクワイア。隔週水曜の午後1時からの練習には性別年齢を超えて歌うことの大好きなメンバーが集まる。練習後のお茶会も毎回楽しみ。クリスマス合同礼拝では、子どもクワイアと一緒に献歌を予定している。こちらも大いに楽しみ。
 
 

会津若松市立 中学校卒業式 祝辞 / 片岡輝美

 会津若松市立第三中学校卒業式にあたりお祝いを申し上げます。179名の卒業生の皆さん、本日はご卒業、誠におめでとうございます。期待と不安を胸に若松三中へ入学したあの日から三年が過ぎました。佐藤信寛校長先生のお言葉を貸して頂くなら、子どもで入学した皆さんは、三年を経て心身ともに成長し、ひとりの大人として巣立っていこうとしています。その姿は眩しく、保護者の皆さまのお喜びもひとしおかとお祝い申し上げます。
 明日から皆さんが進学や就職を志して歩み始める社会は、様々な価値観であふれています。そのひとつに「もったいない」という考え方があります。環境問題などでよく耳にする言葉で、今では英語でも「mottainai」とそのまま表現されるほどです。
 ある方が「もったいないとは、言い換えれば、本来あるべき姿になっていないこと」とお話されました。食べ物がもったいないということは、本当はすべて食べるべきところを、残して捨ててしまうこと。衣類がもったいないということは、まだまだ着られるのに、デザインに飽きたからなどの理由で捨ててしまうということです。その方は、人の生き方にも「もったいない」と言う表現ができると言いました。
 「もったいない生き方」とはどんな生き方でしょうか? それは「その人が生きるべき生き方をしていない。その人にふさわしい生き方をしていない」ということでしょう。では「『もったいない生き方』ではない生き方」とは? それは「自分らしく生きること」と言えるかもしれません。
 「自分らしく生きる」とは人生のとても大きなテーマで、年齢を重ねたからといってすぐにわかるものでもありません。ある意味、一生をかけてもわかるかどうか、約束もできません。ですが「私は何者なのか。何を大切に、何のために生きているのか。私はどのように生き、何をすべきなのか」と自分としっかり向き合うことで、初めて自分らしい生き方に近づくことができると思うのです。
 皆さんの殆どがこれから携帯電話を持ち、誰とでもすぐ連絡が取れることでしょう。人とのつながりは大切ですし、なくては生きていけません。でも、時には携帯電話を脇において、自分と向き合ってみてください。自分のほんとうの気持ちが見えてくるかもしれません。
 また自分の強さも弱さも見えてくるでしょう。さらにあなたとつながり、あなたを支えてくれる存在にも気がつくことでしょう。目に見えないもののなかにこそ、とても大切なものが見えてくると思います。
 皆さんひとりひとりが、この世の中の喜びも悲しみもしっかりと味わい、自分と他の人の心と身体を労り大切にしながら、あなたらしい豊かな人生を歩んでいけますように心から祈っております。
 最後になりましたが、保護者の皆さまからはPTA活動に、多くのお力とご支援を頂きましたこと、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。本日はご卒業、誠におめでとうございます。
2010年3月12日
会津若松市立第三中学校 父母と教師の会 会長 片岡輝美

ガザ地区封鎖解除を求める緊急市民集会あいさつ / 片岡輝美

 みなさま、こんにちは。今日はお休みの日にこのようにお集まりくださり、心から感謝申し上げます。ありがとうございます。私は今回の集会を主催しました九条の会・会津若松・西栄町学習会の片岡輝美と申します。よろしくお願いいたします。
 ちょうど一ヶ月前の1月11日、私は今日の講師、石川雅之さんが代表を務める「パレスチナと仙台を結ぶ会」主催の仙台での緊急市民集会に参りました。実はその仙台集会を知ったのも開催日の三日前。そして「会津でも集会をしよう」と仲間に呼び掛け、準備が始めたのも仙台集会の三日後でした。なぜ私はそれほど急いだのか?それは「真実を知ったからには、見て見ぬふりはできない」と思ったからです。
 私たちはパレスチナやイスラエルは距離的にも遠く歴史的にも複雑そうでよくわからないから…と言って敬遠しがちです。ですがこれだけ世界中の情報が瞬時にキャッチできる今、「真実を知ろうとする姿勢を取るか取らないか」は私たちに委ねられています。私たち次第であり、私たちの責任とも言えるでしょう。
 その一方「情報ほど恐いもの」もないのです。私たちが毎日見聞きする情報がほんとうに真実であり公平なのか、または反対にねじ曲げられてはいないのか、何か大切なことが隠されているのではないか。実のところ私たちにはよく判断できないのです。知らず知らずのうちに「情報操作」されていることが、私は恐ろしくてたまりません。
 しかし、だからといって立ちすくんではいるわけにはいきません。今日は石川さんから「ガザの真実」をご一緒に伺いましょう。「ガザの人々の声」に耳を傾けましょう。私たちと同じ「普通の人々」がどのような思いをしているのかを想像しましょう。そして何が真実なのかと見極める感性を育てましょう。では、これから「レインボー」を上映いたします。どうぞご覧ください。

私の葬儀 / 平田周作

 教会では「健康を考えるシリーズ」と題して学習会を開催して参りました。今回は、具体的な健康に関することや病気ではなく、その先の死・葬儀について「私の葬儀」という内容で開催致しました。平田周作さんと高橋京子さんに発題者として、発表して頂きました。そのあと質疑応答を交えたのですが、参加された皆さんとても熱心でお二人の案以外にも、参加者ご自身で考えられた内容を発表される方もいて、とても充実した時間となりました。
 この内容を次に繋げるべく、各自の希望する葬式の内容を記載した「私の葬式の備え」という書類を教会に保管して頂くことにしました。そして毎年11月の召天者記念礼拝に更新したものを提出し、いつでも希望の内容がわかるようにしました。死・葬儀を考えることは、信徒として今どのように生きるかが問われることです。とても有意義な会となりましたこと、主に感謝しています。(教会執事:斎藤美樹 報)
■平田周作さんの場合……
 私の葬儀は、特別でなくて良いと思っています。とは言え、葬儀は多くの人に向けた最後の大きな「証しの場」でもあるわけで、どう人と関わり生きてきたか、生かされてきたか、そんなことを集まった方々に感じ取ってもらえるような葬儀ならいいなぁ、と思います。
 日常生活で、直ぐに神様を忘れてしまうような私ですが、それでもいつも傍らに間違いなく神様が共にいてくださった、そういう人生であったことを証し出来たならどんなに素敵だろう。そんなことを想像しています。
 先日、「シリーズ健康を考える」の中で、私は自分の葬儀の式次第を考えました。そこに私の個性があるとするならば、私の好きな聖句、好きな讃美歌、また好きなBGMを配したことだろうと思います。私の選んだ聖書箇所や讃美歌なども、私が歩んできた信仰生活の中で、どういう風に神様と関わり何を大切に歩んできたかを窺い知れるものであってほしいと願っています。
 最後に弔辞は、共に人生を歩んだ仲間から「どういう人だったか」を飾りっ気なく言ってもらいたいと思っています。
 それにしても自分の葬儀はどんな葬儀だか、一緒に参列してみたいものです。

私の葬儀 / 高橋京子

 教会では「健康を考えるシリーズ」と題して学習会を開催して参りました。今回は、具体的な健康に関することや病気ではなく、その先の死・葬儀について「私の葬儀」という内容で開催致しました。平田周作さんと高橋京子さんに発題者として、発表して頂きました。そのあと質疑応答を交えたのですが、参加された皆さんとても熱心でお二人の案以外にも、参加者ご自身で考えられた内容を発表される方もいて、とても充実した時間となりました。
 この内容を次に繋げるべく、各自の希望する葬式の内容を記載した「私の葬式の備え」という書類を教会に保管して頂くことにしました。そして毎年11月の召天者記念礼拝に更新したものを提出し、いつでも希望の内容がわかるようにしました。死・葬儀を考えることは、信徒として今どのように生きるかが問われることです。とても有意義な会となりましたこと、主に感謝しています。(教会執事:斎藤美樹 報)
■高橋京子さんの場合……
 「シリーズ健康を考える」で発題をすることになった「私の葬儀」…。自分のことでありながら、殆ど全てをひと任せにしなければいけない自分の葬儀を考えるのは、興味津々でもある。
 「すべてを決めておいたら」実際その時になって困ることも多いのではないか、だから大まかな考え方だけを示しておけばいいのでは…とも思ったのだが、考え始めると結構細かなことが気になってくるものだ、ということが分かってくる。ごてごてときらびやかにして欲しくないと言いながら「トランペットのファンファーレ」で始めて欲しい、とかソロを入れて欲しいとか…。聖書の読み方にまで注文を付けたくなる。お棺に入れてもらう花の種類まで決めたくなる。つい笑ってしまうが、これは言っておかなければ分かってもらえないだろうとも思う。
 やはり葬儀式次第までとは言わないまでも、自分の生涯や大切だと思っていたことなどを伝えておくことはとても大切。誰も知らなければ消えてしまうものだし残る人に送るメッセージになったり後の人に何かを託せるものとなるように…。それが自分の葬儀を考えておく一番の醍醐味。
 残る人に共感や生きていく力を感じてもらえる葬儀ができないだろうか。私の場合は「音楽葬」ができれば…と願っている。お花料(香典)はいらない? 入場料が必要? 考え直す時間が与えられれば、毎年考えて新しい案を出すことにする。今は、生きてるのだから。

礼拝堂修復工事経過報告と感謝

 礼拝堂修復の経緯は20年前の朝、天井と壁が落ちた時にさかのぼります。以来、新築か修復かの議論を経て、ついに2001年5月修復着工、11月15日完成の運びとなりました。3年前、修復を考えはじめてから多数の教会建築懇談会と93回の建築委員会を経、修復を完成いたしました。
 新築のほうが割安で機能的にできる、という意見も出ました。しかし、私たちはこの礼拝堂の信仰的歴史とこの街の歴史を重んじ、地域の方たちから寄せられているこの教会への期待を知らされながら、結局新築ではなく修復を決断いたしました。この決断はこの地域だけに留まらず日本全国からの賛同者(献金者671口/2001年10月31日現在)を得、思いもかけない支えがあって、本当に奇跡的に早い時期に資金調達の目処もつきました。
 牧師先生はじめ、人生と信仰の諸先輩、また教会に関わってくださった多くの方々の祈りと支援とがあってこそ、この大事業が可能になりました。心から感謝申しあげます。
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2001年11月25日
教会建築委員会 委員長 田中秀雄

野口英世の歴史を刻む礼拝堂修復 工事完成感謝礼拝

ご出席の皆さま
 主なる神様の驚くべき恵みに心から感謝申しあげるとともに、この大きな業を支えてくださった皆さまに衷心より御礼申しあげます。
 信仰とは冒険である、と自らに言い聞かせながら教会員の皆さんには何かと心配をかけて30年余りが経ちました。この冒険には主なる神様という確かなナビゲーターが居られますが、苦しい思いが経済的な物差しや見える世界に縛られていると、“見えない大切なこと”に心が向きませんでした。
 その葛藤の年月は無駄ではありませんでした。信仰が試されたとき、祈り求める私たちに応えてくださった主なる神様の不思議な導きは、信じる喜びと予想を越えて拡がった交わり、友情に活かされる豊かさを育ててくれました。21世紀の初めの時にこの様な形で福音の業に用いられた私たちの教会が、この会津の歴史に関わることになったことを誇りに思います。
 2000年の教会総会で礼拝堂修復を決議した後、会津若松市の歴史的景観指定建造物の指定を受け、継いで登録有形文化財の登録を得ました。1911年築の礼拝堂の価値は無論ですが、これらの出来事に見えないところで尽力された沢山の方たちを忘れることは出来ません。ひとえに出会いの不思議さ、良きものを共に活かそうという一点に結ばれた真摯な思いが、この奇跡の事実として実りました。
 「思うにこれは賢明なことでした。新しいものは古くなりますが、古いものはもう古くなりません。そして古いものは何よりも価値あるものだから残ってきたのです」とは伊藤ていじ先生(建築史家)のお言葉です。古さを保ってと願いながら、いまこのようにピカピカの礼拝堂に感動をもって座っているのですが「新しいぶどう酒は新しい革袋に…」というイエス ・キリストの言葉どおりに豊かな働きに用いられるとき、時間と共にこのピカピカはやがて様々な痕跡に彩られてゆくことでしょう。その時、再び古くなったことを感謝しましょう。なにに用いられるかが問われます。
 今日、この歴史のただ中にご一緒できる幸いを感謝しながら、この礼拝堂をイエス・キリストと会津の皆さまに捧げます。
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2001年11月25日
若松栄町教会教会員一同

人間を返せ

 隣で妻が絶句した…。久しぶりの朝寝坊を決め込んでいた僕はその気配で目が覚めた。「ちょっと! 平和がこれから船に乗って海上に出るって!」。妻から渡された受話器に向かって「とにかくライフジャケットだけは着ておけ」とベッドでつぶやいた。4月29日の早朝のこと。 
 前日、辺野古(オキナワ)入りした息子の平和から電話が入ったわけだ。てっきり黄金週間には帰省するものと思っていた妻はいっとき落胆したのだが、辺野古の「座り込み闘争」に自らの意志で参加することを決めた息子のことを、友人に少し照れながら、そして少し誇らしげに語っていた。浜辺での座り込みのことはあちこちから聴いていたし、自ら情報を収集していたので彼女もイメージだけは持っていたようだ。しかし「船に乗って海上やぐらに泊まるほどとは思わなかった」。 
 4月29日は僕の勤める教会でアースデイのイベントが開催された。平和運動を繰り広げている地元の仲間たちと企画してバザー、非暴力ワークショップ、戦争ホーキ作り、そして絵本ライブラリやら、ライブやら…。僕は無農薬香料無添加の「体にいいタバコ」を吹かしながら、これまた無農薬保存料無添加の体にいいワインを「実飲販売」してへろへろになっていた。 
 ブッシュがイラク空爆を行った時、ここ会津若松でも戦争反対の行進をした。ワシントン大行進にはとても及ばないが、それでもこの町で子どもや大人100名と犬数匹が歌を歌いながら吠えながら行進するのは画期的なことだ。すれ違う全ての人が振り向いた。通りに面した店の従業員たちが飛び出してきた。 
 「歩くことで何が変わる」と冷ややかに眺めていた友人は途中からメガホンを握りしめて声を涸らした。そいつは今回の行進では先頭に立って「We Shall Overcome」をシャウトした。この行進がきっかけとなり現在にいたるまで様々な平和運動をしたたかに重ねるグループが誕生。ワインの実飲販売でふらふらになった僕も、自作の戦争ホーキを抱えて歩き吠えた。 
 行進から帰着して開催した礼拝堂ライブにはAIZU Children's Choirはじめ5つのグループが出演し盛り上げてくれた。僕もドタキャンの穴埋めで一曲だけ歌うことになり、とっさに決めたこの曲をシャウトした。(■この曲は「来訪者落書き帳」でもご常連の鳥井新平師匠によるものです。)
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  ■人間をかえせ
    父をかえせ 母をかえせ 年寄りをかえせ
    私をかえせ 私につながる 人間をかえせ
     ※人間の 人間の世のあるかぎり
      くずれぬ 平和をかえせ
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    原発とめろ 核燃いらん 
    下北の大地は 農民にかえせ
    スリーマイル チェルノブイリ
    ヒロシマ ナガサキの事実見つめろ
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    基地をなくせ 基地はいらん
    オキナワの美ら海は ウチナーにかえせ
    辺野古をかえせ ジュゴンをかえせ
    生命を奪う 戦さをとめろ
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 辺野古で舟に乗り込む息子をイメージしていた。そして、その舟に一緒に乗り込むおじいやおばあや若者たちを想って歌った。不思議なことだが、翌々日の礼拝の聖書箇所は「わたしは漁に行く」と言うペトロと「わたしたちも一緒に行こう」という仲間たちの部分(ヨハネ福音書21章)だ。歌いながら舞台で震えた……。 
 息子は黄金週間の終わりとともに東京に帰った。けれども今日も舟に乗って沖にこぎ出す仲間がいることを決して忘れないでいるだろう。辺野古での決定的な出会いを携え昨日のペンテコステ礼拝で息子は受洗した。
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■「教会と聖書」誌 第40号より転載。

起きて 行け

 長い旅でした。仕事を中断し日常の全ての営みが断たれ、もちろんその旅に関わる高い費用は自己負担。嬉しい旅ではありません。その時代その地方の「高貴な方」の命令で、国中の人々がそれぞれの都合などお構いなしに強制的に生まれ故郷に帰らねばならない、命じられた道のりでした。身重の妻と共に埃っぽい道を経巡り、やっとあてがわれた家畜小屋での出産。衛生的に整えられた、恵まれた環境ではありません。
 突然のお告げで身重であることを知らされたマリア、そしてそのことを打ち明けられた連れ合いのヨセフも、このクリスマスの出来事をめぐっては沢山のことを思い巡らせました。迷いがあり、疑いがあった…。不安と怯えに襲われたこの夫婦に起こった突然の出来事、それがクリスマスです。周りの環境も、自分のこころの中もこの夫婦の予定や準備などはお構いなし。それがクリスマスなのです。
 なにもかもがヨセフには慌ただしいことでした。人々が蔑む職業であった羊飼いたちが生まれて間もない赤ん坊を拝みに来ました。ヨセフには見ず知らずの人々です。また、別の言い伝えでは遠い東の国の占星術の学者たちも同じように赤ん坊を拝みに来るのです。見ず知らずどころか、言葉さえ通じない外国人…。当時の人々の常識では地獄の火の焚き付けにされる異教の人々、外国人たちもこの生まれたばかりの赤ん坊を拝んでいる。慌ただしく忙しい、出産直後のことです。
 二人が味わった出産までの沢山の思いは、この時に生まれたその赤ん坊の顔を見た瞬間に全て吹き飛んだに違いありません。妻を気遣うヨセフ、痛みを乗り越えて出産という大役を果たしたマリアにとって、イエス誕生は、旅の疲れも為政者の勝手な命令も不衛生な家畜小屋も、もうどうでも良い。とにかく赤ん坊が生まれた。これまでの辛さや痛みを遙かに凌ぐ喜びと安堵を味わっただろうと想像しています。
 いまこの二人に必要なのはしばしの安息です。そして十分な安息のただ中で思い描く、この生まれたばかりの赤ん坊の未来への想像力です。この子にはどんな人生が待っているのだろう、そしてこの子の人生に両親である私たちはどのように重なりゆくのだろう。貧しくとも笑顔の溢れる家庭にしたい…。ささやかな願いや夢を十分に交わし合うことのできる時間がこの二人にはとても大切に思えたでしょう。しかし聖書は、そんな二人のささやかな願いさえも打ち砕く現実を伝えるのです。
 「起きて、行け」。問答無用の言葉です。ホッとする間もなく直ちに支度して「行け」と、神は天使を通して命じます。ヨセフにはヨセフの言い分があったでしょう。もう少し待ってください、いくらなんでも「たった今、直ちに」とは酷(ひど)すぎます。もう少し休ませてください。もう少し気持ちが安定すれば、もう少し自分にそれを聴くだけの余力があったなら…。けれども人間の都合などお構いなしの「神の側からの一方的な言葉」によってさらにヨセフとマリアの旅は続くのです。
 私たちの人生の旅路でも、ここに描かれているヨセフやマリアの姿にこの自分が重なり合うあのこと、このことが思い出されます。もう少し待ってください、今はまだその時ではありません…。そんな言葉を繰り返しながらこれまでそれぞれの旅を続けてきました。沢山の不満を抱きました。なぜあの人にではなく、この私になのですか、なぜ今なのですか。なぜ…? 
 人間の側の都合や計画をまるで無視するかのように神の計画は進みます。状況が整い安心して課題に取り組めることなど皆無で、不十分だったりまだその時ではないと思っている時にこそ大変な課題に晒されるのです。そんな私に聖書は語ります。
 「恐れることはない、私はあなたと共にいる」。ヨセフがそうであったように、聖書の伝えるこの言葉に賭けてみる。どんなに辛く厳しい状況の中にあってもこの言葉を生きようと決意したいのです。その約束を信じると同時に、悲しみに満ちたこの時代に共に生かされている他者を信じていたいのです。さあ、起きて、行こう。私たちに託されている希望を携えて生きよう。クリスマス、おめでとう。

インマヌエルが生まれた

 わが目を疑いました。画面によれば「太平洋の真ん中」を猛スピードで走っているのですから。慌てて愛車を路肩に寄せ、画面を調整して正しい現在地から再出発。しばらく走ると今度は「日本海」をひたすら爆走中…。そう、カーナビ(自動車搭載電子地図)が壊れてしまいました。

 とても便利な道具です。自家用車で初めての土地を訪れるときはもちろん、通い慣れたところでも目的地までの距離や到着時刻を示してくれるし、予想外の大渋滞でも抜け道に導いてくれます。そして到着すると、家族よりも先(!)に「運転お疲れさまでしたぁ」とねぎらってくれるのです。正常に動作していれば、大都会の複雑な車線変更も渋滞回避の裏道も問題なし。でも壊れてしまったら、自分の車がいったいどこに向かうのやら…。先の三重県出張では名古屋を抜けるのに大変なストレスを強いられました。

 暗く寂しい野原で羊の群れの世話をしていた羊飼いたちがおりました。羊は生き物であり、同時にお金に替わる大切な財産。けれどもその羊は羊飼いのものではありません。羊飼いは羊の持ち主に雇われてその世話をしていたのです。生き物の世話をするのは大変です。病気や怪我、羊を盗みに来る泥棒もいました。暗く寂しい野原で羊飼いたちはいつも緊張して羊の面倒を見ていました。

 そんな大切な仕事を他の人たちはバカにしていました。あいつら羊飼いは乱暴者だ、家の中ではなく野原で寝起きして汚い、動物の臭いがしてくさい、宗教的作法(律法)を守らない、あんな奴らは天国には行けない…。それが羊飼いに投げつけられる言葉でした。いつしか羊飼いたちも自分はダメなんだ、つまらない人間なんだ、神はこんな自分を守ってはいてくれないんだ…。そんな風に思いこんでしまったのかもしれません。暗く寂しいのは空だけではありませんでした。羊飼いたちの心も暗く寂しくなってゆくのです。

 突然空が明るくなりました。天使の歌声が空いっぱいに響きました。自分はダメだと思いこんでいた羊飼いたちに「真っ先に」イエスキリストの誕生が知らされました。羊飼いたちは家畜小屋に生まれたイエスの元へたどり着きその誕生を祝いました。

 荒れ地を競争する自動車ラリーで助手席に乗っているのがナビゲーターです。運転はドライバー、そして道筋や目的地を示すのがナビゲーター。イエスの誕生は名前も残されていない羊飼いへの約束です。「一緒に旅を続けよう。きみはひとりじゃない」。インマヌエル(=神は我々と共におられる)の誕生、心からおめでとう。

平和を実現する群となる

 妻が、また突然言い出しました。「まったく、もうっ! じっとしてらんない! あんた、やるからね!」。
 日本国憲法を「改悪」しようとする企てが着々と積み重ねられ、いまこの国はその実現に向けて突き進んでいます。教育基本法の改悪、国民投票法案が参議院でも可決し成立…。戦争を正当化する人々が勢いづいています。そんななか、妻が先のように言い放ったのです。
 決して「戦争」とは言わず「集団的自衛権」という言葉にすり替えて誤魔化そうとする日本政府。そのありように疑問を持ち抗議する仲間たちが集い「九条の会 西栄町学習会」が発足しました。2005年2月のことです。それ以来、この営みに関わるメンバーは毎月一回の定例学習会を堅実に続けています。
 学習会は日本国憲法や諸外国の憲法成立の過程はもちろん、アジアにおける日本の現状と課題、そこで生み出される連帯と平和、政府与党と大企業の目論見、など毎回主題を掲げて共に考え学ぶ出会いの場です。とても刺激的。平和を実現しようとする人々の大切な取り組みのために私たちの教会が用いられ活かされていることを感謝しましょう。
 じっとしてらんない妻の呼び掛けに応えた学習会のメンバーが中心となり憲法記念日の5月3日にピースウォーク9(ナイン)を行いました。詳細は教会サイトに報告されている通りです。教会の皆さんもゴスペルクワイアのメンバーも加わり賑やかな市内行進となりました。子どもも大人も、そして愛犬二匹も交えて市中心部を「平和憲法を守れ〜!」と叫びながら歩きました。
 冷ややかな反応があります。無関心な人々も当然いるのです。でも神明通りの店内から、渋滞待ちの車窓から手を振ってくれる沢山の人たちがいることに大いに励まされました。一緒に歩いた仲間はこの時代を生きる自分と次代の生命を思い叫び声を挙げました。自分のために挙げたその声が、この街に住み同じ思いを抱く「静かな人々」への連帯と励ましになったと信じています。
 非情な仕打ちを強いられ、弱く小さくされた人々に寄り添ったイエス。生命をないがしろにする企てに生命懸けで否と叫んだイエス。そのイエスを信じそのイエスに従うのが平和を実現する「教会」という群なのです。

嬉しく素敵なお祭り

 クリスマスの物語には沢山の人物が登場します。イエスの母マリア、マリアの夫ヨセフは数々の絵画にも描かれているので有名です。けれども聖書には名前も残されていない人々がクリスマスの物語に登場し、とても大切な役割を果たしています。
 遠い東の国で星占いをする人たちがいました。外国人です。当時の人たちは自分たちだけが偉い、自分の国の人たちだけが神さまに守られている、と考えていました。外国人に神さまのお守りはない。そのように言う人たちを私たちは決して笑えません。この国の人も同じこと考え韓国や中国、台湾、他の沢山のアジアの国の人々をバカにし、殺してきたのですから。そしてそれはひょっとしたら、今も…?
 星占いの学者たちは夜空に輝く不思議な星を見つけました。世界中の人を愛する神さまの子どもイエス・キリストが生まれたことを知らせる星。その不思議な星を目指して遠い外国から旅を続けていました。
 いまの時代とは違います。「旅」は無事に帰ってこられる約束のない、命がけの道のりでした。自分の故郷を後にして、家族や友達を残して出かける道のりです。そしてこの星占いの学者たちにとっては時間も行き先も判らずに続ける旅。しかも星をたよりにするのですから、暗く寂しい夜の道を往くのです。やがて彼らもイエス・キリストにたどり着きます。たったひとつのもの。暗闇に輝くその星だけを目指してその「幼な子のいる場所」にたどり着くのです。
 一年前も、私たちはいつもと同じようにクリスマスのお祝いをしました。あれから一年…。沢山、嬉しいことがありました。楽しいことも、笑ったこともいっぱいあります。けれども辛く寂しいこと、悲しいことも沢山あったことを思い出しています。まるで暗い夜を過ごした羊飼いや、暗闇を旅した星占いの学者たちのような気持ちにもなりました。
 失敗をしました。大好きな人や仲良くしたい友達を悲しませもしました。大切な家族や友達をなくし、別れの寂しさにもおかれました。
 私のまわりだけではありません。世界のいろいろなところで、自分と違うという理由で憎しみと争いが重ねられ、人間が人間を傷つけ殺しています。二十一世紀こそ平和な時代にしよう、とあれだけ強く決意したのに、いまこの時も世界のいろいろなところで殺し合いが重ねられています。日本の自衛隊という軍隊が武器を持って殺される前に人殺しをしても良いと言われてイラクに出かけました。アメリカの軍隊が日本に居座り続け、オキナワやイワクニやその他の基地の街に住む人たちに犠牲を強いています。それを日本は沢山のお金で支えているのです。そして遂に、戦争をしない国の法律を変えよう、戦争できる国になろうという人を総理大臣にまでしてしまったのです…。
 クリスマスは「嬉しく素敵なお祭り」です。と、同時にクリスマスは私たちの決意の時でもあるのです。大切な自分と、大切な人をこれからもずっとずっと大切にして生きていくことの決意。そして好きになれない人、ひょっとしたら好きになれないこの自分をも大切にしていく決意を胸に刻む時。それがクリスマスです。

MAP 教会所在地 電話番号

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965-0877 会津若松市西栄町8-36  電話:0242-27-3944

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若松栄町教会のあらまし

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 「日本基督教会宮城中会は1894年8月、会津に伝道を開始することとなった。8月22日、藤生金六氏は若松に来て9月10日北小路35番地に一家屋を借りて講義所を設けた。これ実に若松日本基督教会の始まりである。教会員は2名であった」。

 若松栄町教会の最古の記録文書「信徒人名簿」には「1895年4月7日藤生金六教師より耶麻郡野口清作 受洗」と記されている。中山茂氏はその著書『野口英世』に次のように書いている。「会陽医院から北小路町を西へ歩いて四、五分の所にできた長老派教会の牧師、藤生金六牧師が布教の傍ら塾を開いて英語訳読および会話を教えていて、主に会津中学の生徒が通っていた。清作もここに通っていてその世話役の幹事として塾生一同を指揮していた」。また教会との関係では「清作が当時、クリスマスの手伝いを熱心にしていたとか、日曜学校のカードを配っていたとかいう話しが伝わっている」。野口清作はこの頃、山内よねとの恋愛で心痛む日々を過ごしていた。現在彼女の生家から若松栄町教会までが「野口英世青春通り」となっている。

 1896年、藤生金六牧師の病気により梶原長八郎牧師が就任。翌年、教会堂は旧馬場口、栄町小学校向かいに移転。現在の公民館東側になる。1901年、多田晋牧師が就任。この時代に教会は大きく発展した。この年2月18日仙台から錚々たる講師陣を迎え演説会を開催。徴集700余名と記録されている。更に「若松市の大挙伝道」についての報告は次の通り。「組合教会(現会津若松教会)と日本基督教会合同のうえ、7月25日頃より大挙伝道の準備に取り掛かり28日の午後には大塚山にて祈祷会を催し、帰途には広告を配布し、路傍伝道を試みたり。30日には日本基督教会で演説会。夜半12時に至りてようやく散会。聴衆は250名に近し」。「クリスマスは馬場口講義所にて挙行。集会者は300名。来賓は日曜学校生徒の父兄もしくは土地の名望家多く、従って大いに伝道の門戸が開けたのは感謝である」。多田牧師の在任中、教会の朝の礼拝は20名以上。夜は30名以上。日曜学校は80名と記録。

 1903年のクリスマスは市図書館内の公会堂に800名の人々を集めた。1905年11月、光晋牧師が主任者となり教会を南隣りの細堀医院北側に移転。光牧師は猪苗代、喜多方、会津坂下にも出張し各教会の基礎を築いた。

 1906年会津日々新聞は「日本基督教会の同情袋」のタイトルでこのような記事を残している。「光晋氏の牧する若松日本基督教会にて、この度市内及び付近の村落の窮民を救助せんため、教会名を染め抜きたる白地の手拭いを以て、七百余の同情袋を調整し、白米、味噌、切手を添えなお聖書をもその中に入れ、貧民に配布する事になり、その第一回を去る八日夜、同教会堂において実行せるが、とかく教会という古城にのみ蟄居しつつある基督教徒中この熱情を以て貧民救済の任に当たる一団ありとは、実に近代の快事と言うべし」。

 1907年、大音楽会、演説会、特別伝道集会、夏期特別伝道会が行われ、クリスマスは会津若松市の有名な行事となった。また会津出身の井深梶之助明治学院総長が久しぶりに帰省。教会で演説し大きな感銘を残した。

 1910年、クリストファ・ノッス博士が仙台の東北学院神学校から会津伝道のために定住。その鳥居町(現宮町)の宣教師館は現在穴沢病院長宅として残っている。

 1911年、この年に現在の礼拝堂が完成。記録はこう語る。「会堂落成。明治39年より光氏は宣教師ランペ氏と共に会堂建築の計画を立て、内外より資金の募集に従事せられしが同43年、宣教師ノッス氏若松に定住せらるることとなるや、着々実行の機運に進み、同年6月栄町に土地を購入し44年7月工事を起こし12月落成して27日に献堂式を挙行す。これ現今の会堂なり。当時会員数は90名にして、礼拝出席者は平均30名なりき」。この場所は材木置き場だった。現在の県立会津女子高等学校がこの1年前に建てられている。新しい西洋建築だったので仙台から大工さんたちが呼ばれた。会津の大工さんたちが毎日見学に来たと聞いた。新しい礼拝堂はクリストファ・ノッス博士の働きによって、多くの人々を引きつけた。

 ノッス博士は高久幸吉氏とともに会津伝道を開始し、毎年春秋に長期にわたる伝道旅行を自転車で続けた。ノッス博士との出会いが実に多くの若者たちの魂に深い感化をもたらし、彼等の多くが教育界に政治の世界によき働きを残した。ノッス博士はその後1934年に至る年月を東北の広範囲で伝道に捧げた。特に会津では小林憲氏が協力者となり、また会津坂下教会には小川永水牧師を協力牧師として働きを進めた。1934年クリストファ・ノッス博士はその生涯を青森で終えられた。時代は木山基代五郎牧師へ、伊藤嘉吉牧師へと受け継がれ、やがて田口泰輔牧師を迎えた。

 いわゆる大正から昭和の初期は宣教師の協力の時代と言える。シャフナー、ヌージェント、エンゲルマン各宣教師、そしてそのご家族たちは現在の穴沢病院となっている広大な敷地の一角をノッス博士と共に若松の多くの人々との素晴らしい出会いの場所としてくださった。それは西洋文化の香りであり豊かな人間関係であり、心温まる家族の姿との出会いであった。

 田口泰輔牧師から、米国留学より帰国した丹忠牧師へと引き継がれた教会はますます活発な集会を生み出した。しかし、世界は激しく戦争の深みへとのめり込んで行く。試練と苦難の時代を迎える。国家の宗教団体法によってキリスト教諸教派は日本基督教団に統合された。エンゲルマン宣教師の戦争直前の生活は苦渋に満ちたものであった。宣教師は交換船で帰国を余儀なくされた。戦争中の礼拝は3人、牧師夫妻、そして監視のための特高(特別高等警察)。牧師たちはしばしば警察、憲兵隊でのスパイ容疑などの取り調べを受けた。

 1943年、東京女子大学の学生20名が石原謙学長と共に若松栄町教会礼拝堂に疎開。東京女子大学会津分校が一時誕生した。このため、礼拝堂は接収を免れた。戦後のキリスト教ブームの華やかな時代が過ぎ、丹牧師は厳しい生活の中で地道な教会形成のご労苦の日々が続く。40年の長きにわたる牧会生活を終えられたご夫妻は1963年、80才で静かに引退の時を迎えられた。

 その1年後の1964年猪苗代町の川桁伝道所から高橋力、高橋真美両牧師が招聘された。静かだった若松栄町教会が賑やかになった。1967年に「栄町教会ベビーホーム」が誕生。共稼ぎの高校の先生夫妻の赤ちゃんを迎えて一人から始まった働きは、会津で最初の0才から3才までの乳幼児保育であった。1976年には会津での最初の障害児の保育を始めた。現在は子どもたちを10人の保母がお世話している。1968年、国際協力伝道計画により、米国オレゴン州からコーツ牧師夫妻と長男ジム君を迎え、60〜70名の中高生たちとの集会を重ねた。

 青年会がハワイ島ヒロの教会の150年祭に招かれ、ホノルルのカワイオハオ教会の大礼拝堂で歌ったのはもう20年前。その他、毎年春夏には海外諸国との交流が続き、あらゆる年代のツアー、出会いの経験が深められた。中高生サイクリンググループもマウイ島のハレアカラ火山の天辺からのツーリングを楽しんだ。

 会津農村伝道センターのクレーラー宣教師ご夫妻の大きなご支援を受けつつ、英会話クラスが続けられ、次第に専任の語学宣教師の必要が語り合われた。祈りが聞かれて、1976年、カリフォルニアからの専任教師を迎えて「会津若松イングリッシュ・アカデミー」を開設。これも会津で最初の英会話スクールとなった。今年は幼児から熟年までの160名の生徒とカナダ人講師と6人の日本人スタッフを擁している。

 1985年、片岡謁也副牧師が加わった。様々な活動が展開され、賑やかさを通り越した教会になった。音楽伝道。そして中高生たちを中心にした年2回のロックコンサートには約200人の若者たちが参加。コンサートの模様は「ズームイン朝」等で全国に放映された。日曜日の朝9時半からの中高生礼拝には15人程が出席している。

 何にもまして教会が大切にしているのは、言うまでもなく主日礼拝である。午前10時半からの礼拝。クリスマスイブは殊に美しいキャンドルサービスが印象的。礼拝を豊かな賛美で捧げるべく百周年の記念としてアーレンオルガンを購入した。創立記念礼拝にはその感動の響きの中で190名のハレルヤコーラスが歌われた。

 日曜日の教会学校は幼児、小学生の教会。その前に市内の2コースを子どもたちのための教会バスが回っている。ベビーホームから育った子どもたちが教会学校に、イングリッシュ・アカデミーに、ピアノ教室にと絶えず教会と繋がっている。教会の庭はバスケットボードに群がる子どもたち、中高生で毎日賑やかだ。

 青年会、婦人会、壮年会など様々なグループが活動している。いくつもの家庭集会では日常的な問題から聖書を学んでいる。ここから多岐にわたる社会活動が生まれてゆく。「創立百周年は新会堂で」と語り始めてから10年近い。5年前に図らずも隣接の土地を購入するという祝福のハプニングが起こり、大きく広がった敷地に改めて教育館、会堂の建築計画を練り直しつつ第2世紀を歩み始めた。

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